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講師
■Gregor Lersch (グレゴール・レルシュ)
プロフィール
1949年10月20日、バート・ノイエナールに生まれる。- 花卉生産者である両親の農場での生活は、早い時期から彼に強い影響を与えた。6歳にしてすでに、将来の職業は園芸家になろうと決め、花卉および園芸作物の職業教育を受け、同時に景観設計、野菜の栽培、墓地の花の世話などについても学んだ。
- その後、ボン・フリースドルフのマイスター学校で、敬愛する師となるアルベルト・オイリッヒの元でフロリストの研修をした後、両親の店で働き始める。
- 1974年、ケルン・アウヴァイラーのFDFのマイスター学校で、マイスターの資格を取った。それ以後の経歴として、ドイツ国内の地方および全国的な様々な競技会に参加。1976年ゴールデネ・ローゼ優勝。1977年ニース、1979年メルボルン及び 1981年ハンブルクでのワールドカップに出場。1978年のローマ大会では、ドイツ人としてはじめてのヨーロッパカップの優勝者となった。
- 1979年オランダテレビ主催のヨーロッパ競技会「ゴールデン・チューリップ」で優勝。ドイツの連邦ガーデンショーでは常にコンペやガーデニングブースのデコレーションなどで参加。これまでに合わせて7つの大競技会でのゴールドメダル、30以上のゴールドメダル、22のシルバーメダルおよび幾多のブロンズメダルを獲得している。
- 1979年にはボンの連邦ガーデンショーの功績に対して国家金賞が与えられた。ドイツ園芸協会の代表として、海外のガーデンショーに参加し、大きな国家的業績を上げ、高い賞賛を得ている。
- 90年代には、花の分野でFDF(ドイツ花卉販売業協会)およびCMA(ドイツ農産物振興)の主導するトレンドプレゼンテーションの分野で大きな成果をあげた。社会のメガトレンドの流れに乗り、彼の提案するトレンドは、エッセンから東京、ヨーロッパからアメリカにいたるまで、フローラルデザイナーにインスピレーションを与え続けてきた。そのための格好の発信地となったのが、毎年のエッセンの国際ガーデン見本市IPMであった。
- ドイツ国内外、地球上40以上もの国における、幾多のセミナー、講習会、ワークショップ、デモなどは、様々なテーマで出版される本とともに、フルーラルデザイナーであるグレゴール・レルシュの活動の幅広さを見せてくれる。そこではクリーナー・ポットホフ・コミュニケーションのフローラルデザイン出版部門が、常によき協力者として共に歩んできた。
- 1981年、久保数政の招きにより日本初来日。以降、日本での活動を本格的に始め、無類の親日家となる。
- 2002年10月に久保数政、ウィム・ハゼラーと共に“Friendship25”を開催し、大成功を納める。
- 2008年10月 久保数政との30年来の友情を記念したイベント“Friendship30”を開催。
- 2008年10月 Floral Masters Worldwide(後にInternational Teachers of Floristryに改称)を日本にて開講。
サブティーチャー&アドバイザー
■Kazumasa Kubo ( 久保 数政 )
- 花阿彌主宰。第3回インターフローラワールドカップ日本代表。国内外でのデモンストレーション、展示会、講習会を数多く手がけ内閣総理大臣賞はじめ受賞歴多数。ガブリエレ・ワーグナー久保とともに日本で初めて「花の造形一覧表」を完成。このヨーロピアンフラワーデザイン理論に基づく花の学校「花阿彌」を設立。現在では全国50校を越える花阿彌ブルーメンシューレの運営を中心に、各地での講習の他、インターネット動画による通信講座等、指導者・フローリストの育成に努めている。著書多数。公益社団法人日本フラワーデザイナー協会前理事長。
■Gabriele Wagner Kubo ( ガブリエレ•ワーグナー久保 )
- 花阿彌主宰。グレゴール・レルシュ・エディション・アジア地区マネージャー。ドイツ国立花卉装飾専門学校ヴァイエンシュテファン マイスターフロリスト。
- 久保数政とともに日本で初めて「花の造形一覧表」を完成、このヨーロピアンフラワーデザイン理論に基づく花の学校「花阿彌」を設立、運営。癒しを取り入れたフラワーデザイン“ウェルネス・フラワー”を提唱しレッスンに取り入れている。国内誌のほかドイツ「Florieren!」、イギリス「FUSION FLOWERS」など各国専門誌のライターとして執筆多数。日欧フラワーデザイン界の重要なかけ橋として活躍中。

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